鳥取県の概要
鳥取県(とっとりけん)は日本の日本海側、中国地方東北部、あるいは山陰地方東部に位置する、日本の県の一つ。日本海と中国山地の自然に恵まれた県である。
日本の都道府県では人口が一番少ない。ここ近年まで60万人台をほぼ横ばいの形で推移していたが、2007年には29年ぶりに県の人口が60万人を割った。市の数も4市で全国で最も少ない(平成の大合併で新市が誕生しなかったため。)。
かつての因幡国、伯耆国にほぼ相当する。
県庁所在地は鳥取市で、山陰地方唯一の特例市であり、世界最大級の液晶工場など、山陰随一・中国地方有数の工業都市であり、鳥取砂丘や白兎海岸などの豊かな自然に恵まれた都市である。(Wikipediaより引用)
鳥取県名の起源説話
「鳥取」の語は『古事記』『日本書紀』の垂仁天皇に「鳥取造(ととりのみやつこ)」、「鳥取部(ととりべ)」がみえる。
『日本書紀』垂仁天皇二十三年九月から十一月の条にかけて「鳥取」の起源説話がみえる。誉津別王子(ほむつわけのみこ)が成人しても言葉が喋れないことを天皇が憂いていた時、大空を白鳥が飛んでいるのを見つけ「是何物ぞ」と発した。天皇、喜びて、その鳥の捕獲を命じた。天湯河板挙(あまのゆかわたな)が鳥を追いつづけ各地を巡り、ついに出雲の地(現;島根県安来地方だという説が有力)で捕獲に成功した。この功績から「鳥取造」の称号(姓:かばね)を拝命した。『記』にも同類の説話が見えるが、結末が違っている。
『和名類聚抄』の因幡国邑美(おうみ)郡の五郷の一つに鳥取がある。この郷名は垂仁天皇の王子本牟智和気御子(ほんむちわけみこ)のために設置された鳥取部に由来する。この辺り一帯が沼地で、全国の白鳥伝説との関連が取り上げられている。文書のうえでは、天慶3年(940年)の因幡国高草郡東大寺領高庭庄坪付注進状(東南院文書)に「主張鳥取高俊」(郡司と推定)の署名が初見である。(参考文献 内藤正中他『鳥取県の歴史』山川出版社 2003年)(Wikipediaより引用)